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三月の言葉

あなたは阿弥陀様に願われている

 

 真宗の他力の信心は難しい。

 教えは簡単なのに難しくしているのはなんとこの私本人だとは気づきません。

 信心とは私が信じる行為だと理解してしまっているから一生解らない。

 私が信ずる心では何時も疑いの心が顔をのぞかせ、信じる対象も次々と変わってしまう。

 私の考えで認識する信心は、あっけないものである。

 それに対して他力の信心とは、私が仏様から願われている心ですから、私が信じようが信じまいが、私に関係なく信を生じさせてくださる。(チョットここが難しい仕組みですが)

​ 仏様が私を信じさせようとする長い長い歴史、それは、「仏様の生涯をかけたすべての辛苦は私の人生の一切の命の活動を抱きしめる為だけの涙でありました」と気付いたときに、私の信心となり、南無阿弥陀仏のお念仏となるのです。

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